PREV| PAGESELECT | NEXT

トピレックプラザの歴史 その2

spacer
今日はトピレックプラザの歴史 その2です。

その前に東西線のお話。。。
spacer

この線は昭和39年に高田馬場〜九段下間で開業しました。

その後、西は中野まで伸び、東は竹橋まで、次に大手町まで

そして東陽町まで伸び、ついに昭和44年に東陽町〜西船橋間が

新たに開通(全線開業)し、「南砂町」駅が誕生しました。

その後、昭和48年「トピレックプラザの歴史 その1」で

ご紹介した東京製造所を閉鎖することになります。

日本経済の成長が鈍くなるとほぼ同時にゴルフブームや

ジョギングブームが起こり、スポーツやレクリエーションに

人々の関心が高まっていった当時、閉鎖した工場の17,000坪の

敷地(比較として東京ドームは約14,000坪)を利用して

昭和50年に総合スポーツ施設「トピレックプラザ」が

オープンしました。世の中の余暇、レジャーブームに乗り

大いに賑わったそうです。

(写真は昭和50年)
rekisi2
<クリックすると少し大きくなります>

この写真の左側を上下に入っている道これが

葛西橋通りです。

写真上部、現在ドイト、ラウンドワンがあるあたりに

野球場のようなものが見えると思うのですが、

ナントこれゴルフ練習場なんです!デカい!

そして下部に見えるテニスコート辺りには現在、

マンションが建っています。コート右手、もしくは

写真右下辺りに今の区立江東図書館が見えますので、

以前の敷地の大きさが分かると思います。

(その3へつづく また来週

| トピレックプラザの歴史 | コメント(0) | トラックバック(0) | ↑ページTOPへ

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://topyrecplaza.blog42.fc2.com/tb.php/328-ed1619d9

TRACKBACK

PREV | PAGESELECT | NEXT